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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)150号 判決

原告 張明秀

被告 法務大臣 ほか一名

訴訟代理人 藤村啓 荒木文明 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告法務大臣が昭和四九年七月二九日付で原告に対してなした原告の出入国管理令四九条一項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決は取消す。

2  被告東京入国管理事務所主任審査官が昭和四九年九月二四日付で原告に対してなした退去強制令書発付処分はこれを取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

1  本件退去強制令書発付に至る経緯

原告は、昭和二四年四月一九日、広島県広島市において朝鮮人父張尚[王宛]、同母金基舜の長男として出生し、昭和二七年四月二八日「日本国との平和条約」の発効に伴い日本国籍を離脱したものである。その後原告は、神奈川県、広島県に居住し、昭和三七年三月横浜市神奈川区の青木小学校を卒業し、同年四月同市の朝鮮中高級学校に入学し、昭和三八年九月静岡県浜松市の朝鮮初中級学校に転校したが、同年一二月同校を退学し、昭和三九年四月静岡市の朝鮮初中級学校三年に入学し、第一学期の間、同校に通学した。

原告は、昭和三九年一二月二五日、静岡家庭裁判所において、恐喝、窃盗により初等少年院送致の決定を受け、同年一二月二六日、豊ケ岡農工学院に入院したが、昭和四一年一月二七日、右豊ケ岡農工学院から逃走した。因に、右少年院送致の決定を受けるに至つた犯罪行為は、昭和三九年六月二〇日ころから同年一一月一九日までの間、単独または他三名と共謀のうえ、恐喝三回、窃盗二二回を働いたというものである。さらに原告は、右豊ケ岡農工学院を逃走後、約五か月の間に単独または他と共謀して強盗強姦二件、強盗致傷三件、強盗五件、強盗未遂一件、窃盗三一件、窃盗未遂一件をくり返したことにより、昭和四二年四月一一日、横浜地方裁判所において懲役一〇年の判決言渡を受け、同年四月二六日、右判決が確定し、横浜刑務所及び松本少年刑務所において服役した。

東京入国管理事務所入国警備官は、昭和四二年五月二九日松本少年刑務所長からの通報により、原告が出入国管理令(以下令という。)二四条四号リに該当する容疑があると知り、昭和四六年七月二二日松本少年刑務所において違反調査を行ない、同年七月二九日、東京入国管理事務所入国審査官に引継ぎ、同審査官は、昭和四九年五月一三日、松本少年刑務所において審査を行ない、原告が令二四条四号リに該当すると認定したところ、原告は、同日口頭審理を請求したので、東京入国管理事務所特別審理官は、同年六月一九日、同刑務所において口頭審理を行ない、同日、入国審査官の認定に誤りがない旨判定した。原告は、右判定に対し、被告法務大臣に異議申出をしたが、同被告は、昭和四九年七月二九日、右異議申出に対して理由がないと裁決し、被告主任審査官に通知した。同被告は、昭和四九年九月一九日、松本少年刑務所において、その旨を原告に告知し、同月二四日、本件退去強制令書を発付した。

2  しかしながら被告法務大臣の裁決には、後記(一)のとおり入国審査官の認定または特別審理官の判定の誤りを看過した違法若しくは(二)ないし(四)のとおり裁量権を濫用または逸脱した違法があり、従つて右裁決を前提とする被告主任審査官の本件退去強制令書発付処分も違法を免れないので、両処分の取消を求める。

(一) 原告は、少年法五一条の適用を受けて懲役一〇年の刑に処せられたものであるから令二四条四号トに該当するものである。即ち令二四条四号トは、少年法に規定する少年で長期三年をこえる懲役または禁錮に処せられたものを適用対象としているのであるから、少年法に規定する少年で、特定の刑をこえる処罰を受けた者をすべて含むものというべきであつて、不定期刑の言渡を受けた者のみに限られるものでないと解すべきところ、入国審査官は、これを誤つて令二四条四リに該当するとの認定を、特別審理官は右認定を支持する判定をそれぞれ行ない、被告法務大臣は原告の異議申出に対して理由がない旨の裁決を行なつたものであつて、入国審査官の認定または特別審理官の判定の誤りを看過したのであるから、被告法務大臣の裁決には違法がある。

(二) 原告は、懲役一〇年の刑に処せられたものではあるが、右犯罪に対する非難は服役により終了している。従つて右の点をとらえて更に外国退去ないし家族からの隔離という重大な結果を招来する本件裁決は、不当に苛酷なものであつて、違法なものである。

即ち法務大臣が在留特別許可を附与すべきか否かは、過去の犯情にとらわれることなく、裁決時において、異議申出をなした者が在留に適するか否かの事情を考慮して判断すべきである。

原告は松本少年刑務所に七年余にわたり服役し、この間各種の学業に励み、日本商工会議所珠算検定三級、工業簿記一級に各合格、自動車整備運転科を終了、優等賞を受賞、乙類消防設備士免状を授与されるなど、各種の資格及び技能を取得、修得し、服役の効果もあがり、原告の人格態度は一変した。

この故に原告は二年有余の仮釈放の恩典を得たものであるが、原告の人格面での変化、真面目な生活態度を顧慮することなく行なわれた被告法務大臣の本件裁決は裁量権の行使を誤つた違法なものである。

(三) 原告は日本に生まれ育つたもので、生活様式も韓国、朝鮮における様式と全く異なるのみならず、韓国語も理解できず、韓国、朝鮮に何らの身寄りもない。本国に帰国した場合、日本で取得した各種の資格は本国において全く役立たない。また原告の外国人登録上の国籍は朝鮮である。従つて、たとえ原告が生活能力を有する者であつても、原告の本国への強制送還は生存権を奪う結果となりかねない。

さらに日本人であるならば刑事処分による服役後は市民生活に復帰できるにもかかわらず在日朝鮮人なるが故に、差別的取扱を受け、本国に強制送還され、家族と同居することができなくなる結果を招来することになるが、右のような取扱は憲法一四条一項に反するものであるから、本件裁決は違法を免れない。

(四) 原告は、昭和二七年法律第一二六号二条六項に該当する者であるが右該当者に対しては令の適用は排除されると解するべきである。

即ち、法律第一二六号二条六項の規定は、昭和二〇年九月二日以前から引続いて本邦に在留する者については、在留資格と在留期間を要件とすることなく、本邦で居住生活することができるものとしたのであつて、在日朝鮮人等の歴史的特殊事情を考慮して令の適用対象からはずしたものである。令が一般外国人を法規制の対象とするのに対して、法律第一二六号は戦前から引続き居住する在日朝鮮人等を法規制の対象とするものであり、また同法は、昭和二七年に制定されてから現在に至るまで存続しており、在留資格取得の猶予のため一時的な措置ではない。

このように同法二条六項該当者は、実質的には永住権者とかわるところがないのであるのみならず、これらの者が令二四条各号に該当した場合、最近の事例においては、原則として一八〇日間の在留特別許可を附与するのが被告法務大臣の方針であるにもかかわらず、原告についてこれを与えなかつた本件裁決には裁量権の行使を誤つた違法がある。

(請求の原因に対する被告らの認否及び主張)

一  認否

請求の原因1は認め、2は争う。

二  主張

本件裁決及び本件退去強制令発付処分には、以下のとおり何らの違法はない。

1 本件裁決には入国審査官の認定若しくは特別審理官の判定の誤りを看過した違法は存しない。

即ち、原告は、少年法五一条の適用を受けて懲役一〇年の刑に処せられたものであるので、入国審査官は、令二四条四号リに該当するとの認定をし、特別審査官は、右認定を支持する判定をした。

ところで、令二四条四号トは、「少年法に規定する少年でこの政令施行後に長期三年をこえる懲役又は禁こに処せられたもの」と規定しており、その文言からも明らかなように、少年法に規定する少年のうち、いわゆる不定期刑に処せられたもの(即ち同法五二条の適用者)を対象としているものであるが、原告の場合にあつては、本来無期刑に処せられるべきところ、少年法五一条の適用を受けて有期の定期刑(懲役一〇年)に処せられたものであるから、令二四条四号トに該当しないのであつて同号リに該当するものであることは明らかである。

従つて特別審査官の判定を不服としてなした異議申出に対する被告法務大臣の本件裁決には何らの瑕疵がない。

2 本件裁決は裁量行為でない。

令によれば、退去強制事由に該当した外国人に対する退去強制手続は次のとおりである。

即ち、令二四条は、「左の各号の一に該当する外国人については、第五章に規定する手続により、本邦からの退去を強制することができる。」と退去強制処分を行なう行政庁の権能を定め、先ず入国警備官は、同条に該当する疑いのある外国人(以下容疑者という。)があれば、調査したうえ当該容疑者を入国審査官に引渡さなければならず(令二七条、三九条、四四条、六三条一項)、入国審査官は容疑者が同条に該当するか否かをすみやかに審査して認定することを要し(令四五条一項、四七条一、二項)、また当該容疑者が右認定に服さず口頭審理を請求したときには、特別審理官は口頭審査を行ない、認定に誤りがないかどうかを判定しなければならず(令四八条三項、六、七項)、さらに容疑者が右判定に対し異議の申出をした場合には、法務大臣はその異議申出に理由があるか否かを裁決するものとされている(令四九条三項)。そして、右にのべた入国審査官の認定、特別審理官の判定及び法務大臣の裁決は、いずれも容疑者が令二四条各号の一に該当するか否かについてのみ判断することとされているので、事案の軽重その他容疑者の個人的事情等について裁量を行なう余地はなく、しかも主任審査官は、右認定、判定、裁決が確定したときには退去強制令書を発付しなければならず(令四七条四項、四八条八項、四九条五項)、これらの手続においても同令書を発付するか否かについて裁量の余地がないのである。

ところで原告は懲役一〇年の判決言渡を受けたのであるから、原告が令二四条四号リに該当するとした本件裁決が適法であることは明らかであり、右に基づいてなされた本件退去強制令書発付処分も適法である。

3 法務大臣の異議申出に対する裁決(令四九条三項)と在留特別許可の許否の裁量(令五〇条一項)とは、それぞれ別個独立の処分であるから、在留特別許可を与えなかつたことが裁決の違法事由となる余地はない。

即ち、異議申出に対する法務大臣の令四九条三項に基づく裁決は、特別審理官の判定(令二四条各号の一に該当するか否か。)に誤りがないかどうかの判断のみを行なうものとされているのに対し、令五〇条一項に基づく在留特別許可の許否は、法務大臣の自由裁量に委ねられている。その手続をみても、特別審理官の判定を不服とした異議申出に対する法務大臣の裁決は義務的でその手続が法定されているの対し(令四九条)、在留特別許可については、法務大臣は異議の申出に理由がないと認める場合にも特例として特別に在留を許可することができる(令五〇条)旨法務大臣の権能を法定するのみで、令四九条一項の異議申出の場合と異なり、外国人に在留特別許可を求める申立権を認める体裁をとつていないことや、在留特別許可を令四九条四項の適用について異議申出に理由がある旨の裁決とみなす趣旨の規定(令五〇条三項)が特に設けられていることからすれば、令五〇条一項の在留特別許可が令四九条三項の裁決とは別個の独立した処分であることは明らかである。

4 仮に、在留特別許可の許否の裁量を誤つたことが、裁決の違法事由になる場合があり得るとしても、本件裁決には何ら裁量権の濫用ないし逸脱はない。

(一)外国人の出入国及び滞在の許否は、条約等特別の取極が存しない限り当該国家が自由に決定し得る事柄であり、国家は外国人の入国また在留を許可する義務を負うものでないというのが国際慣習法上確立された原則である。令もかかる国際慣習法上の原則を前提として定められており、在留特別許可の許否は、法務大臣の自由裁量に属するものとされている。

しかも在留特別許可の許否の裁量に当たつては、単に異議申出人の個人的主観的事情のみならず、送還事情、国際関係及び内政外交政策等客観的事情を総合的に考慮したうえ個別的に決定されるものであり、在留特別許可の許否の裁量の範囲は極めて広範囲なものであるから、法務大臣がその責任において裁量した結果は、十分尊重されてしかるべきものである。

(二) 原告は、その犯した犯罪に対する責任は服役で終了しているのに、このことをとらえて、日本から退去強制する結果を招来させる本件裁決は、裁量違反の違法がある旨主張する。

しかしながら、外国人の滞在の許否は、当該国家の自由に決し得るところであるが、およそ外国人として在留を希望する者が善良な市民としての生活態度を保持すべきは当然の要請である。その意味で犯罪に至らない程度の反社会的行為でさえも、滞在拒否の事由とされることがあるのであるから、いわんや在留国において犯罪を犯す等の行為をした外国人がその在留について規制を受けるのは当然である。

各国家は、この基本的立場から、一定の犯罪を犯した外国人の在留について規制を加え、退去強制を法律で定めているのが通例である。そして右の場合には、刑罰を受けることにより刑事責任の追及が完了したことを前提として、これとは別個の観点から退去強制という行政上の規制を加えようとするものである。

我が国においても、このような立場から、令二四条四号において犯罪を犯した外国人について退去強制できる場合を法定している。従つて、刑事制裁を終了した者について更に退去強制を行なうことが苛酷であるとの主張は、畢竟右のような令の趣旨をその根底から否定しようとするものにほかならず、到底首肯すべからざるところである。

しかも、令二四条四号リは、あらゆる有罪認定者をその対象とするのではなく、これらの者のうち無期または一年をこえる懲役若しくは禁錮に処せられた者(執行猶予の言渡を受けた者を除く。)に限定しているのであるが、原告は、右の一年をはるかにこえる懲役一〇年という極めて長期の刑に処せられた悪質犯罪者であつて、日本社会に対して、甚大な悪影響を与えたものである。このような原告に対して退去強制を行なうことは、右の令の趣旨に照らし何らの違法はない。

(三) 原告は、韓国語も理解できない者を生活様式の異なる本国へ強制送還することは、生存権を奪う結果となる旨主張する。

しかしながら原告は、すでに二八才に達した独身成年男子であり、生活上何ら親族の援助を必要とするものではない。

原告は、簿記実務検定及び工業簿記一級並びに珠算検定三級に合格し、また自動車整備技能手帳の交付を受け、乙類消防設備士免状を受けているものであるから、原告が本国に帰国しても、差当り生活上不便はあるにしても、直ちに生活困難に陥るとは考えられないので原告を本国へ強制送還しても、原告の生存権を奪うものではない。

また、本件各処分は以下の理由から憲法一四条一項に反するものではない。即ち同条は、直接には日本国民を対象とした規定であるところ、原告は日本国籍を有しないのであるから同条違反の問題は生じない。仮に同条が外国人にも類推して適用されるべきであるとしても、その処遇に合理的差異があるのは当然であるから、本件各処分が、憲法一四条一項に反する取扱を行なつたことにはならない。

(四) 原告は、昭和二七年法律第一二六号二条六項該当者に対して令の適用が排除されると主張する。

しかしながら、同法二条六項は、「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二十年九月二日以前からこの法律施行の日まで引き続き本邦に在留するもの(昭和二十年九月三日からこの法律施行の日までに本邦で出生したその子を含む。)は、出入国管理令第二十二条の二第一項の規定に拘わらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」と規定しており、右条項はその文言自体からしても令二二条の二第一項の適用を除外する趣旨にすぎないものであり、令の適用をすべて排除するものでないことは明らかである。このことは、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」三条及び同協定に伴う出入国管理特別法(昭和四〇年法律第一四六号)六条が、法律第一二六号二条六項該当者にも令二四条の適用があることを前提として、退去強制事由の縮減を図つていることからも明白である。

また令二四条各号の一に該当することとなつた法律第一二六号二条六項該当者についての被告法務大臣の在留特別許可の附与の基準に関しては、異議申出人の個人的事情のみならず、国際情勢、外交政策等一切の事情を総合的に考慮して判断しているのであつて、このことは同条項の該当者であるか否かによつて左右されない。

(被告らの主張3に対する原告の反論)

法務大臣の異議申出に対する裁決(令四九条三項)と在留特別許可の許否の裁量(令五〇条一項)とは以下の理由から不可分の関係にあるものと解するべきであつて被告らの主張は失当である。

即ち令五〇条本文の在留特別許可は、令四九条三項の裁決に当つてなすことができると規定しているので、令二四条各号該当者が法務大臣を相手として直接に在留特別許可を求めることはできないのみならず、法務大臣は令二四条各号の該当者について、入国審査官の認定及び特別審理官の判定を経由することなく、直接に在留特別許可を与えることが許されないことは明らかである。

従つて法務大臣の異議申出に対する裁決と在留特別許可の許否の裁量とが、それぞれ別個の処分であるから、在留特別許可を与えなかつたことは裁決の違法事由とならないとする被告らの主張は失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実(本件退去強制発付に至る経緯)は当事者間に争いがない。

二  原告は、被告法務大臣の裁決には、入国審査官の認定または特別審理官の判定の誤りを看過した違法がある旨主張するので先ずこの点について判断する。

被告法務大臣の本件裁決は、令四七条ないし四九条によれば、特別審理官によつて誤りがないとして維持された入国審査官の認定の当否を審査する処分であると解するのが相当である。しかるに、入国審査官の認定に対して抗告訴訟の提起を禁じた別段の規定は存しないから、右認定を相当として異議の申出を排斥する法務大臣の処分は、同認定との関係ではまさに行訴法一〇条二項にいう審査請求を棄却した裁決に当るというべきである。してみれば、法務大臣の本件裁決については同法一〇条二項により、原処分である入国審査官の認定の違法を理由としてその取消を求めることはできないものというほかはない。

しかして請求原因2(一)の事由は、本件裁決に対する原処分である入国審査官の認定を違法とするにすぎないのであるから、裁決固有の瑕疵には当らず、かかる理由をもつて本件裁決の取消を求めることは許されないものであることは明らかである。

のみならず、令二四条四号トによれば、少年法に規定する少年で長期三年をこえる懲役または禁錮に処せられた外国人、同号リによれば、同号トに該当する者を除く外で、無期または一年をこえる懲役若しくは禁錮に処せられた外国人がそれぞれ本邦から退去強制されるべき対象者とする旨規定されているところ、原告は少年法五一条の適用を受けて懲役一〇年の刑に処せられたものであるから、原告が同号リに該当する者であることは明文上明らかであり、入国審査官の認定、特別審理官の判定に原告主張の違法はないといわざるを得ない。

よつてこの点における原告の主張は失当である。

三  次に、本件裁決に裁量権の範囲を逸脱し、またはその濫用があつた等の違法の有無について判断する。

被告らは被告法務大臣の本件裁決及び被告主任審査官の本件退去強制令書発付処分は、裁量行為ではなく、また、在留特別許可の許否の裁量を誤つた瑕疵は、被告法務大臣の本件裁決の違法事由とならない旨主張する。

しかしながら法務大臣は、裁決に当つて異議の申出に理由がないと認める場合でも所定の事由に該当するときは、その者の在留を特別に許可することができること(令五〇条一項)、退去強制が甚しく不当であることを理由として異議の申出をする場合には、その旨の資料を提出すべきものとされている(令施行規則三五条)こと等に徴すると、異議申出に対する法務大臣の裁決は単に特別審理官の判定によつて維持された入国審査官の認定の適否についてのみならず、在留特別許可を附与するか否かの点についても審理した上でなされるべきであり、従つて異議の申出に理由がないとする法務大臣の裁決は、在留特別許可を附与しないとする判断をも含んだ処分というべきである。もとより在留特別許可を附与するか否かの裁量は、法務大臣の広範な自由裁量に委ねられているものと解するべきであるが、在留特別許可を与えないことが、右裁量権の範囲を逸脱しまたは裁量権を濫用してなされたものと認められる場合には、右許可を与えないことが違法となりこの点を違法事由として裁決の取消を求めることもできるものと解さなければならない。

よつて本件裁決に裁量権を濫用しまたはその範囲を逸脱した違法がある旨の原告の主張は、在留特別許可を附与しなかつたことにつき違法がある場合に限り理由があることになるから以下右の点について判断する。

ところで、被告法務大臣の令五〇条に基づく在留特別許可の許否の判断は、本来被告法務大臣の自由裁量に属するものであり、しかも右裁量権の範囲は、単に容疑者についての個人的事情のみならず、国際関係、外交政策等を含む種々の事情が考慮されるものであることや、同条所定の容疑者は本来退去強制を命ぜられるべき者であつて、その者の在留特別許可はいわば恩恵的な措置であること等に鑑みると、被告法務大臣がその責任において在留を特別に許可すべきでないとした判断は、著しい不当や恣意的専断が認められない限り尊重されるべきである。

1  原告は、被告法務大臣が在留特別許可を附与すべきか否かは裁決時において判断すべきところ、七年余にわたる服役により人格態度が一変したにもかかわらず、これらの生活態度を顧慮することなく行なわれた本件裁決には裁量権の行使を誤つた違法がある旨主張する。

〈証拠省略〉を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  原告は、昭和二四年四月一九日広島市において、朝鮮人父張尚[王宛]、同母金基舜の長男として出生した朝鮮人男子であるが、昭和四一年一月ころから六月ころまでの間、単独または共謀して強盗致傷、強盗強姦等の罪を犯したことにより、昭和四二年四月一一日横浜地方裁判所において無期懲役刑に処せられたところ、罪を犯すとき一八歳に満たなかつたため、少年法五一条の適用を受けて、懲役一〇年の判決言渡を受け、右判決確定後横浜刑務所及び松本少年刑務所において服役した。

(二)  原告は、松本少年刑務所内において、服役全期間を通じて規律違反等の事故も無く、行刑成績は優秀であり、積極的に各種の学業に精励し、珠算検定、簿記検定等原告主張に沿つた各種資格を取得し、総じて指導的地位にあつた模範的な受刑者であり、刑期二年有余を残して仮釈放の許可を受けた。

前示(二)のとおりの事実からすれば、現在のところ原告の犯罪的傾向は相当程度減退ないし消失していることが窺われないわけではないけれども、〈証拠省略〉によれば、原告は昭和四一年一月初等少年院を逃走して以来約六ケ月の間に請求原因1のとおりの犯行を相次いでなしたものであつて、その態様も深夜他人の家屋や会社事務所などに侵入し、登山ナイフや日本刀などを突きつけて被害者を脅迫し、被害者の両手、両足を縛りあげ、猿ぐつわをかませるなどの暴行を加え、或いは婦女を強姦するなど、その犯罪内容及び加功の態様は悪質であり、右各犯行によつて日本社会に重大な危険と不安を与えたものと認められること、令二四条四号リは無期または一年を越える懲役若くは禁錮に処せられた者を対象としズこれらの右の在留に規制を加えているものであるところ、原告は徴役一〇年という極めて長期の刑に処せられたものであることからすれば、被告法務大臣が在留特別許可を附与しなかつたことはむしろ当然というべきであつて、この点における原告の主張は理由がない。

2  次に原告は、日本に生育しその生活様式に慣れているのに反し、韓国、朝鮮には身寄りはなく、言葉も理解できないので、このような原告の本国送還は生存権を奪うに等しく、被告法務大臣が在留特別許可を与えなかつた裁決は、甚しく正義の観念に反して違法であるとも主張する。

しかしながら〈証拠省略〉によれば、原告は、小、中学校とも朝鮮人学校に学び、朝鮮語の読解能力は十分に有しているものと認められ、前示の如く各種の技術を習得しているので、これが原告の本国における生活の支えになることは明らかである。従つて、この点を理由とする原告の主張も理由がない。

また原告は、日本人であれば、刑事処分における服役後は市民生活に復帰することができるにも拘わらず、在日朝鮮人であるがゆえに本国に強制送還されることとなるが如き取扱は憲法一四条に違反する旨主張するけれども、外国人の出入国及び在留の許否は、もともと各国が条約等の締結或いは国内法の制定により自由に定めうる事項というべきところ、令二四条は、在留を希望する者は、善良な市民としての生活を保持すべきことを前提としているのであるから、一定の犯罪を犯し刑に処せられたことを退去強制の事由とすることは、日本人と外国人とを不合理に差別するものとは解されず、従つて、被告法務大臣の本件裁決が憲法一四条に反するということはできない。

3  原告は、昭和二七年法律第一二六号二条六項該当者に対しては、令の適用が排除されるべきである旨主張する。

同法同条同号は、「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二十年九月二日以前からこの法律施行の日まで引き続き本邦に在留するもの(昭和二十年九月三日からこの法律施行の日まで、本邦で出生したその子を含む。)は、出入国管理令第二十二条の二第一項の規定にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」と規定しているところ、原告は前示のとおり、昭和二四年四月本邦で出生した、本邦に在留する朝鮮人の子であるから、右条項に該当する者であることは明らかである。

ところで、右条項は、在留資格と在留期間を要件とする令の原則に対する例外であるが、右条項の規定自体から明らかなように、あくまで令二二条の二の特則たるにとどまり、同令全体の特別法たる性格をもつものと解すべき根拠はないから同令二四条の適用が排除される余地もないものといわざるを得ない。

以上のことは、「日本国と大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」三条ならびに同協定の実施に伴う出入国管理特別法六条が、法律第一二六号二条六項該当者に出入国管理令二四条が適用されることを当然の前提として退去強制の基準の緩和を規定していることからも明らかである。

従つて原告のこの点の主張も失当である。

さらに、原告は、法律第一二六号二条六項該当者が令二四条各号に該当した場合、在留特別許可を附与することが被告法務大臣の方針である旨主張する。

しかしながら〈証拠省略〉によつても原告の指摘する被告法務大臣の取扱方針は認められないのみならず、〈証拠省略〉によれば、異議申出人の単なる個人的事情のみならず送還事情等総合的評価によつて許否の判断は行なわれていることが認められるから原告の主張は到底採用し得ない。

してみると、本件裁決に当り被告法務大臣が原告に対し在留特別許可を与えなかつたことにつき、裁量権の範囲の逸脱またはその濫用をいう原告の主張はすべて失当であるといわざるをえない。

四  以上の次第で本件裁決に違法はなく、本件裁決の違法を前提とする本件退去強制令書発付処分の違法をいう原告の主張も失当である。

よつて原告の本件各請求は、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安部剛 山下薫 飯村敏明)

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